2022/2/27

七時半ごろに一度目が覚めた記憶はあるが、けっきょく布団を出たのは十時近かった。聴きそびれていたナイトメアの先行配信された新曲を起きぬけに流したら、睡魔がおもしろいくらいの勢いでしっぽを巻いてすっ飛んでいった。めっちゃナイトメアの音楽だ~!とはしゃいだ。先日観た番組で、ずっとかっこいいことをやり続けていたい、という話を咲人さんがしていたけれど、作る音がぜんぜんぶれていなくてすごい。

昨日スーパーで安くなっていたスモークサーモンを、クリームチーズを塗ったトーストのうえにのせて朝食。おいしい。昨日より豆を粗く挽いて淹れたコーヒーは、昨日よりちょっと苦味がおとなしくなって、そのぶん香りが立っていたような気がする。

昼前に家を出て、図書館に向かう。いつもなら電車に乗るが、思った以上に春めいた陽気だったので、数駅分歩くことにした。距離にして五キロ弱、着く頃には汗ばんでいた。自転車で行ったことなら幾度かあるが、徒歩は初めてだ。この速度だから気がつくものというのはたくさんあって、店や民家の軒先や道端の草なんかにきょろきょろと目を向けながら歩いていた。楽しくてたまらない。この土地が好きだ、ここで暮らしていたいといちばん思うのはこういう時間だ。古い戸建ての庭で梅の花が満開になっているのを見て、いつか庭のある家に住みたい、という気持ちが強まる。

この図書館は文学のフロアと専門書のフロアが分かれている。小説のほうは棚のあいだをうろうろしながら読みたいものを渉猟することが多いのに対して、専門書ははじめからある程度目星がついているから、ふだんは必然的に文学のフロアに滞在している時間がずっと多い。今日も、専門書の方は目当てにしていたキェルケゴールの本だけ見つけたら退散するつもりだったのだけど、そのフロアにつうじる階段をのぼりきったとき、目の前にある美術関連の書籍の棚にふと目が留まった。そこが美術関連の棚であることは前から知っていたのに、どうして今日にかぎってそこで足を止める気になったのかは自分でもわからない。ただ、画集とか写真集のように、思い切って購入するにはややハードルの高い(というより、まったく知識のない分野だと、出会うことそのものが難しい)大判本に出会うのに、こんなに最適なところもないじゃないか、ということに初めて気がついた。どうして今まで気が付かなかったんだろうと不思議になるけれど、とにかく階段をのぼったときにそう思ったのである。そういうことで、見つくろった小説を貸し出し処理したあと、脈絡もなく目についた神津善之介の画集と、『アメリカ マイノリティの輝き』と題された鎌田遵の写真集を手にとった。座席にすわってそれらを手元に置いた瞬間、これは楽しい、と思った。小説は、作家名やジャンル、背表紙のあらすじでなんとなく自分の肌に合うかどうかが予想できるけれど、こういうのは開いてみるその瞬間まで何に出会えるかわからないからだ。神津善之介のほうは、横尾忠則が解説で書いていたように、写実的でありながら印象派らしさも同居する風景の数々が美しかった。鎌田遵のほうは、明瞭度をかなり上げたモノクローム写真で、作風が好みかといえば否だったけれど、被写体となっているアメリカの移民やセクシャルマイノリティの生き生きとした姿に魅せられて、ずいぶん見入ってしまった。いのちの眩しさは色彩がなくとも伝わるものらしい。技巧的なことはわからなくとも、人類学者である撮影者の問題意識が切り取り方に見える気がして、おもしろいなと思った。つねづね、文章にするという行為は、何かを書くことであると同時に、何かを書かないことでもある、と思っているけれど、絵画でも写真でも、およそ表現というものについては同じなのだなと思った。そういえば神津善之介の画集にも、描きたいものだけを描く試みとして、主役の被写体だけに色彩を持たせ、背景や周辺の対象はグレースケールで描く『転写 Less is Moreシリーズ』に取り組んだ、ということが書いてあった。こうやってまたひとつ、点と点が結ばれていく。今まであまり手をのばせていなかったジャンルと、こういうふうにして出会えばいいんだ、というのは嬉しい気付きだ。図書館に来る時は芸術の棚もひやかしていくようにしよう。

帰りは電車に乗って、ひいきのカフェで借りた本を二冊読み切った。それから帰宅して、日が落ちきらないうちに風呂をすませて、料理をして、アニメを見て、本を読んで、酒を飲んで、日記を書いているうちに日付が変わった。このところずっと読みたかったキェルケゴールにとうとう手を出したが、一文を飲み込むのにかなり時間がかかる。返却期限までに読み終わるかしら。聖書を読みはじめてからというもの、学生時代の十年間をとおして間接的にであれ自分の人間の骨格をつくった思想に、どうしても肯定的な気持ちを持てないでいることがけっこう苦しいのもあって、キリスト教への違った視点が得られるといいなと思っている。