2022/4/2

数カ月ぶりに美容院に行った。茶髪は早々に飽きたので黒に戻して、インナーカラーに濃い紫を入れた。きれいに整えてもらったのにまっすぐ家に帰るのは癪だったから、元恋人の職場まで映画を観に行くことにした。そんなのは口実に過ぎなくて、顔を見たかっただけのような気もする。

レイトショーで今年のパルム・ドール受賞作である "Titan" を観た。観る者の解釈(というよりは理解にもとづく共感)をいっさいはねのける作品だった。あれを語る言葉は私の中にはない。凪いだ海の真ん中に自分だけ浮かんでいるような感覚になる映画だった。半分くらいコメディではないかと思って観ていた。

仕事を終えた元恋人と待ち合わせて、すこし喋った。彼の同僚が「『そうはならんやろ』と『なっとるやないかい』を交互に見せられる映画」と表現していた、という話を聞いて、その的確さにひとしきり笑った。元恋人自身はまだ観ていないそうで、話したいから早く観てくれと言っておいた。

終電に乗るつもりが、時間を勘違いしていたせいで、途中からタクシーで帰るはめになった。今年はろくに桜を見ていないが、静かな夜の街にぼんやりと浮かび上がる白い樹を車窓から幾つか目にしてちょっぴり気持ちが上がった。夜の桜ってどうしてあんなに気味が悪いのだろう。美しいものの醸し出す幽玄さが好き。車内でchilldspotを聴いていた。「27時道には1台タクシー、私大人になっちゃったのね」と歌う軽やかな声が気持ち良かった。レイトショーを観て、ハンバーガーショップで夕飯をすませて、タクシーで帰るなんて、悪いことをしているみたいで楽しかった。私大人になっちゃったのね。

夜の映画館は、私と同じように一人の客ばかりで、静かでよかった。やはり映画を観るのは苦手だと思ったが、逃げられない状況で物語を口に押し込まれることに、マゾヒスティックな気持ちよさがあるのも事実だ。最近はそれを飲み下すだけの元気があるので、また行きたい。