3月、なんだか地に足がつかないまま過ぎていったような気がする。日記はそれなりにつけていたのに、記憶をたどってみたときに霞がかかっているみたいだ。この感覚が私は嫌い。自分が生きていることを忘れたくない。記録。
本
長野まゆみ『野ばら』
自分が絵を描ける人間だったら良かった、と思いながらずっと読んでいた。中村明日美子の絵で読みたい。夜行性の子どもたちに言葉をあたえたのが長野まゆみという人だ、というようなことが解説に書いてあって、それがよかった。
小川洋子『海』
セーレン・キェルケゴール『死に至る病』鈴木祐丞訳
小野不由美『十二国記2 風の海 迷宮の岸』『十二国記3 東の海神 西の滄海』
今のところ雁国がすごく好き。
エミリー・ブロンテ『嵐が丘(上)』
読み通してから言葉を探したい。
ゲーテ『ファウスト(上)』
二百年前の物語ってもっととっつきにくいものだと思っていたのに、こんなにおもしろいとは思わなかった。というか、こんなにおもしろいと思えるとは思わなかった。翻訳がすばらしいのだろう。訳者の手塚富雄氏は、冒頭の「訳者のことば」に以下のように記している。
この世界的に有名な作品が読まずに尊敬されるのではなく、読んで親しみをもたれるようになることが、訳者が常に望んでいたことであり、それがこの発行形式でいちばんよく達成されるであろうことが、訳者にとっては何よりの喜びである。第一部、第二部を通じてこれほどおもしろく、魅力に富んだ作品は少なかろうが、読者としてはまず、虚心に素直にそのおもしろさを受けとってそれに身を任せていくのが最善の態度だと思う。
こう書いてくれたことで、古典名作は背筋を正して読まねばならぬ、というような強迫観念を一度脇において読むことができてすごくありがたかった。丁寧な注釈にずいぶん助けられているとはいえ、文章の裏にあるゲーテの意図を汲むことはきっとほとんどできていなくて、表層だけをすくっているような読み方になってしまっていると思うけれど、楽しめるということは理解の第一歩だから、そこに立てたことが嬉しいと思う。メフィストがかわいいやつなのである。古典で萌えの感情を惹起されるとは思わなかった。第二部も早く読みたい。
野田又男『西洋哲学史』
鬼海弘雄『東京夢譚』
ビアズリー怪奇幻想名品集 冨田章著
漫画
椎名うみ/青野くんに触りたいから死にたい
ほんわか恋愛漫画だと思っていたらしっかりと怖い土着的なホラー作品だと知って、その印象の落差がおもしろくて読んでみたくなった。怖いものが苦手なのでかなりおそるおそる手を付けたけれど、とんでもなくおもしろくて一息に読み切ってしまった。友人が、土着ホラーの魅力は、その現象の発生に一定の手続きが要請されるというロジカルなところにある、というようなことを言っていたのだけど、読んでみてその意味がよくわかった。民俗学的な知識が紐づいていく気持ちよさは、推理小説を読んでいるときの爽快感に近いものがある。ホラー作品としてもおもしろいけど、恋愛作品としてもちゃんと成立しているそのバランス感覚がすごい。
市川けい/ブルースカイコンプレックス
はじめのうちは過去の恋愛を思い出しながら懐かしいようなくすぐったいような気持ちで読んでいたのだが、寺島と楢崎の関係がふたりの明確な意志にもとづいた関係へと成長してゆくのを見ているうちに、だんだん悲しくなってきた。対話を諦めないふたりのことが眩しく、私は誰かとこう向き合えたことがあっただろうか、これから向き合うことができるだろうか、と考えてしまって。
ヤマシタトモコ/ひばりの朝
好きな声優が言及していた作品。ページをめくるのがつらかった。
秀良子/STAY GOLD
コウと日高の関係に似たものを自分で体験したことがあるわけではないのだけど、既視感のある感情のオンパレードで読んでいてぐにゃぐにゃした。
アニメ
ギヴン
秋彦が春樹の家に泊まった帰り、まだ明けきらない早朝の街をバイクで走るときの、半袖がぱたぱたと風にあおぐシーンで、ああこういうのが足りていないなと思った。ちょうど観ていたのが元恋人と一日遊んだ翌日だったからというのもあってか、精神の時空が学生時代に寄っていたのだろう。学生のときってもっと一日が自由だった。朝とか夜とか、いろんな時間の匂いをかいでいた気がする。元恋人の家でかぐ朝の匂いが好きだった。交際していた五年前のことだ。今あの家はもうない。
ヒプノシスマイク Rhyme Anima
幾度目かの。あいかわらず世界観がよくわからないけれど、楽曲が良くて、色彩に満ちていて、観ているとなんだか気持ちがすこし上向くので、時々戻ってきてしまう。
映画
バーレスク
とつぜん衝動に駆られて数年ぶりに再鑑賞。クリスティーナ・アギレラがひたすらかわいいのと曲がずっと好き。両親と三人そろって一緒に映画館で観た数少ない映画のひとつ。
トゥルーマン・ショー
怖かった……
天使にラブソングを
高校時代、ゴスペルをやる課外活動にいっとき参加していたことがある。その時のことを思い出した。祈りの形が自由でいい、というのは素敵なことだと思う。
RENT
私にしてはめずらしく、これまでに何度も観ている作品。曲がどれも大好き。
舞台
宝塚 月組『今夜、ロマンス劇場で』/『FULL SWING』
KYOTO SAMURAI BOYS
福澤侑さん目当てで友人に連れて行ってもらった公演。楽しかった。
千と千尋の神隠し
チケットがまったく取れないという話を聞いていたのではなから諦めていたのだが、同僚が譲ってくれることになって行ってきた。思い入れのあるキャストがいたわけでもないので、あまり前のめりだったとは言い難いのだが、そんなのは幕が上がって数分で吹き飛んだ。映画を観たのは二十年以上前のことだが、年月を忘れるほど、舞台のうえのどの場面も映画のシーンと重なって、その再現度の高さにただただ圧倒された。大道具好きとしてはたまらなかった。
音楽
この半年ほど、ほとんどずっとヒプマイ楽曲ばかり聴き続けていて新しい音楽をほとんどろくに知ろうとしてこなかったのだが、ここにきてようやくすこし落ち着いてきて手を伸ばす余裕が出てきたので、このところよく聴いていたものを挙げてみる。先月聴いたものもちょっと混じっている。
斉藤壮馬 / My Beautiful Valentine
これは先月。発売が決まってからずっと楽しみにしていた。
Swervedriver / Future Ruins
壮馬さんがたびたび口にするから、シューゲイザーとよばれる音楽があるということはぼんやりと認識していた。どんな音楽なのだろうというのをもっと知りたいと思ったのは、二月に発売されたEPでいちばん好きだった『埋み火』の仮タイトルが『ダークシューゲイザー』だったというのを知ってからで、いろいろ聴いている中で出会ったアルバムがこれだ。歪みを効かせた轟音のギターと甘美で浮遊感のあるサウンド、というのがシューゲイザーのアイデンティティ的な要素のようだが、その魅力を肌で理解させてくれた。ベランダにポータブルスピーカーを持ち出して夜風に当たりながら聴くと、とてつもなく気持ちがいい。酒がまわっているときに聴くのも良い。
chilldspot / ingredients
三月、いちばん聴いていたのはこれだろうか。実家に戻ったときにぼんやりとラジオを聞いていたら、インタビューをやっていた。十九歳とは思えない落ち着いた話しぶりに好感を持って、こんな沈着な話し方をする人の作る音楽はいったいどんなものだろう、と興味を持った。それで自宅に戻る途中の電車の中で聴いてみたら、やわらかな歌声にあっという間に心を奪われてしまった。歌詞もまた、どれも飾り立てない生々しさがあってすごく好きだ。私はけっこう年下に対するコンプレックスというのが強くて、それは自分が何者にもなれていないかたわらで、ずっと遠くて輝いている人の中には私よりも若い人がいくらでもいるという事実を正面から受けとめることが怖かったからなのだが、このバンドにそういうつまらない意地を壊してもらえた気がする。良いものを良いと素直に言えないのは悲しいことだ。このバンドのことを好きだと言いたい、という気持ちが、自分のなかで黴のように巣食っていた劣等感を無力化していった。
新東京 / Morning
これもchilldspotと同じ日のラジオで流れていたのを聴いて知ったバンド。ジャズをルーツにした音、ギターがいないぶんベースの音がよく聞こえるのが私好みでたまらない。音作りという点では、今まで生きてきたなかでも五本の指に入るのではないかというくらい好きかもしれない。私が世界でもっとも好きなバンドは円人図というソウル・ファンクバンドだが、そこと雰囲気が似ている。詞もきれいでいい。それでも前のめりになりきれていないのは、洗練されすぎていて、自分には肩身が狭く感じるからかもしれない。ジャズ自体はずっと馴染みのあるジャンルだから抵抗なく楽しめるし、だから音楽が、というよりは、彼ら自身の醸し出す空気があまりに洗練されていることによるものだろう。こういうところで自分の年齢を実感するのはほんとうに悔しいことだけど、都会的で洒落た若者の空気に気圧されている、というのがたぶん正しい。ライブに一度行ってみたいな。小綺麗にまとまりきらない生命感を肌で感じたらたぶんもっと引きずり込まれる。つい先日出た新譜 "Garbera" も、通り雨みたいなピアノがきらきらしていて、すごく、すごく良かった。
Caetano Veloso / Meu Coco
これも実家に戻っていたときに深夜ラジオで流れていて、その浮遊感のある不思議な歌声に惹かれた曲。来年で80歳になるというブラジルの歌手だ。4曲目のNao Vou Deixarがお気に入り。
Hi!Superb / Body Language
最近熱を上げている滝澤諒さんの所属ユニット。滝澤さんのことを知ってからもしばらくは正体がつかめずに手をつけていなかったのだが、友人から良い曲があるよ、と勧めてもらって聴いたらすごく良かった。ライブで盛り上がったら楽しいだろうな。
読書はそこまでだったけど音楽生活がかなり充実していたような気がする。以前より自分の好みに縛られずに色々手を出してみよう、という気持ちが強くなっていて、すこし自由になれているのかもしれない。