HAKU-MYU LIVE3 感想

友人に誘われて、ミュージカル『薄桜鬼』 HAKU-MYU LIVE3 に行ってきた。その友人は「自分の才能があるとしたら誰かを好きになることだ」と言うのだけど、私もそういうところがあるし、だから仲良くやっているのだろう。何も知らないで行ったのに、しっかり出演していた俳優のことを好きになって帰ってきたので、忘れないうちに書かなくてはと思って筆をとった。自分のつぶやきを見返したら昨日の夜以降の15ツイート中14ツイートがこの俳優についての話で、おもわず笑ってしまった。

薄桜鬼という作品のことは、ほんっとうに何ひとつ知らなかった。もともと友人の好きな俳優が出演しており、殺陣もあるというので、かっこいいものが観られるなら行きたいという安直な考えのもと、二つ返事で誘いにのったものだった。登場人物たちが新撰組をモチーフにしていることも、友人から送られてきた公式サイトを公演前日に見て知ったくらいだ。2.5次元舞台におけるライブイベントというのは、どちらかというと楽曲と企画がメインで、本編の舞台を観劇したことのあるファン向けだから、物語の背景や流れを理解するには向かない。それでも初見の人間が楽しめたというのは、それだけカンパニーの訴求力があったということだろうと思う。

久保田秀敏さんというのが、その人である。初めて声を発した時点で視線を掴まれた感覚があった。あ、この人、うまい。演技の良し悪しを見抜ける審美眼が自分に備わっていると思い上がるつもりはないが、学生演劇にかかわっていた頃、数回だけ舞台に立ってみて、演劇的な発声の難しさは体感した。声質や声の大きさではどうにもならない技術が要求されるもので、昔から声がとおる方だった私でも手も足も出なかった。友人たちから放たれる、普段とは似つかない朗々とした声を、いつも不思議な気持ちで聞いていたのをおぼえている。私にはついぞ会得できなかったけれど、そういう人はたぶん体を楽器のように使えているのだろうと思う。音が体の中で増幅されているように聞こえるのだ。久保田さんの声は、そういう響き方をする。

まず声に魅入られたのだったのだが、おそろしいことにこの人、演技も踊りも殺陣も顔立ちも私の好みである。とくに殺陣は、激しいなかに静かさがある動きをするのが美しいと思った。学生時代、授業でアーチェリーをやったときにフォロースルーというのを教わったことがある。矢を放ったあとの姿勢のことで、残心ともよぶ。射ったら終わりではないから、すぐに体勢を崩さないようにと教わったその意味が、はじめはわからなかった。ところが、幾度かやってみるうちに、射つ時の姿勢がそのままフォロースルーの姿勢になるので、それを意識して直せば的中率が上がるのだとだんだんわかっていった。久保田さんの太刀筋を見ていて、それを思い出していた。振り切った瞬間に、刃の鋒が水面に触れても揺れないだろう、と思いたくなるような、刹那の静寂が降りるのだ。神楽の舞手の経験が生きているのか、この人の残心は力強さとたおやかさが同居していて、どこか雅な印象がある。以降、舞台上に姿が見えるときはほとんどこの人ばかり目で追っていた。視線が縫い付けられるという表現があるが、言い得て妙である。

ひっくるめて演じている姿がかなり好みだったのだが、どちらかといえばだめ押しになったのはカーテンコールでの挨拶だったかもしれない。千秋楽だったので、出演者全員から挨拶があって、誰の言葉からも愛されている舞台なのだろうというのがよく伝わってきた。そのなかでも久保田さんの挨拶はひときわ熱っぽかった。勢いあまって同じことを二回言っていたりしたところもふくめて、ああこの人めちゃくちゃマジな人だ、と思ったのだ。物語を知らないなりに、この人の演じる土方歳三が大役であることはわかるし、10周年200公演という歴史のプレッシャーもあるだろうと思うし、そういう責任感を背負ってここに立っている、という気概を、そのカテコで感じたのだった。触れたら肌を切り裂かれそうな真剣さで演技に、舞台に向き合っている人がいることを目の当たりにして、観客である私のほうも舞台に真剣に向き合いたいよなという気持ちにさせられた公演だった。

けっきょく新撰組がモデルになっているということと、彼らと戦う鬼とよばれる存在がいることくらいしかわからないまま終演を迎えたのに、その状態でこれだけ引きずり込まれているので、おそろしい人である。来年春の続編上演が発表されたので、久保田さんのやる土方の芝居を物語として観たいなあと思って、公演アンケートにキャストの続投希望と書いて出した。初見の新規客にそこまでさせるの、ほんとうにすごいと思う、ましてや私ふだんあんまりアンケート書かないのに。

友人とはいろいろと話したいことがあったはずだったのに、今見たものを塗り替えたくない!とか言ってほとんど久保田さんの話ばかりして別れた。帰宅してからも友人に送ってもらった映像をひたすら見ている。曲も良いので聞くのがやめられなくて、今日は会議のない時間はずーーーーーっと1曲リピート再生していた。久保田さんの冒頭の口上が終わるなり、間髪を入れずに入るイントロが、まあしびれることよ!快感。

youtu.be

その口上はやや舌が回っていない印象は受ける(それでも気迫があってかっこいい。これ、舞台の近くで見たらびりびり来るだろうなあ)けれど、曲中「夢、風に貫くとき」の歌い出しの安定感が凄まじい(これは2番で同じパートを歌う輝馬さんにも感じる)。実際に観たときにも一音目で感じた、「この人は安心して聴ける人だ」という信頼感。若手俳優は歌唱力がネックの人も少なくないし、この人自身、かつては技量に対して手厳しい指摘を受けてきたそうだけど、昨日のあれを見て、この映像を見ると、はたしてほんとうかと疑いたくなるくらいだ。でも、その技量がたしかに彼の意志をもって培われてきたものだろうというのも、発声ひとつとっても窺える。芝居に対して着実で実直に積み重ねてきた人なんだろう、という印象は、いくつかインタビューを読んで深まった。知ったことを言うなという感じだけど、人間関係とはあまねく解釈のうえにしか成り立たないものだし、芝居にしても文章にしても、そういうところから感じるものが大きくずれていたことってあまりない。たしかなことは、この人の舞台をもっと観たいと思っているということで、年明けの『憂国のモリアーティ』のミュージカルの申込みもした。楽しみ。たった一度観ただけで2700字以上書かせるのもすごいと思うよ……。