2024/1/12

 目が覚めたら熱は下がっていた。38℃くらいでも、料理をするとか体を動かすものはつらいものの、座って仕事をする程度なら動けるのだが、やはり平熱に戻ると体が軽い。仕事をしてもよかったのだが、せっかく休みをとってしまったので存分に休むことにする。
 フルボイス化されたアイナナの特スト『アイドル人狼』を読み終え、年末のおにいさんの配信を今さら観た。顔立ちが整っているだけに二枚目のキャラクターが多くなりがちだけど、かっこわるい、泥臭い役までできるようになってこその役者だから、いろんな役をやりたい、という話をしていて、だからこの人を好きになったんだなあとしみじみ思った。生き様がかっこいい。かっこいい姿を観たい人には申し訳ないけど、と微塵も申し訳なく思っていない様子で話しているのを好ましく思った。
 今日はそのおにいさんの37歳の誕生日である。年を重ねることで新たに演じられるようになる役もたくさんあることだろう。それを観られるのが楽しみだと思う。歳を重ねることを魅力的に思わせてくれる人を好きでいられることが嬉しい。
 そのあとは藤田和日郎『黒博物館 スプリンガルド』と『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を読んでいた。連れが引っ越しのときに厳選して持ってきた蔵書である。夏に劇団四季で舞台化するというので、予習がてら読んでみることにした。『ゴーストアンドレディ』は特に好きだった。人がそれぞれ頭上に見えない生霊を飼っていて、その生霊は悪意で成長し、他者の生霊をいつも攻撃したがっているのだが、演劇を観ている瞬間はその生霊がみんなおとなしくなる、だから劇場が好きだと主人公のゴーストが話していたのがすごく好きだった。私の知る劇場はきっともうすこし俗っぽくて、オタクの自我が蠢く場所ではあるけれど、でも物語に夢中になっているときの人間からは悪意が消える、というのはたしかに私が物語を愛する理由のひとつだから、それが描かれていることが嬉しかった。不必要な女の裸体の描写が妙に多いことにはひっかかったけど、「それでも!人は『理想』を目指さねばなりません!!」というナイチンゲールの台詞にも力をもらったし、結末には思わず号泣させられてしまった。あれはずるい。連れに読んだと連絡したら、どうだった?と尋ねられたので、涙が落ちてぽつぽつと濃く変色したシーツの写真を送っておいた。あの生霊たちはどうやって舞台化するのだろう。
 半分ほどで読みさしになっていたまほやくの4周年ストーリーも読み終えた。こっちもまたぼろぼろと泣いた。ゲームシナリオという、画面に2,3行表示されて読んでいくスタイルがどうしようもなく苦手だ。前後をぱっと読み返せないからなのか、想起された感情がどこに起因するものなのかを理解するまえに話が進んでしまう。自分の感情を掴んでおけなくて、ただむちゃくちゃにかきまわされていく。言葉にする、というのは護岸工事みたいなものだ。打ち寄せる波が巻き上げた砂をすくい取って岸辺に固めていく作業。その定着作業を経て、物語が自分の輪郭を構成する一部になる。だから作業が間に合わないと、焦りと自分への不信感を引き起こす。寄せては返す波の速さに、自分が流れ出ていくような怖さ。ことまほやくは、その波が高くて激しいだけに、読むとかなり消耗する。そのくせ、全部流されてしまうから、読み終えても語る言葉を持てない。そのことがずっと悔しい。自分には物語を受け取る資格がないように思えてしまう。そんなはずはないのに。
 すこし前に読んだ3周年ストーリーは、優しい物語ではあったけれど、個人的にはちょっとひりつきが足りなかったと感じた。今回の4周年は、傷つけられたいという物語への私の欲望を満たしてくれたものだった感触はある。わかり合おうとした果てにわかり合えないことがある残酷さを丁寧に描いていた。いつかはわかり合えるという無責任な希望の提示よりも、よほど誠実な物語だった。大好きだった。今わかるのは、それだけ。それだけでも、まあいいのかも、と思えるくらいには鷹揚になったけど、もっとこの物語を真正面から受け止められるだけの器がほしい。
 体が軽くなったのをいいことに、すこし運動をしてから入浴をして、本を読んでいるうちに連れが帰宅。じゅうぶん元気だったけど、病み上がりを理由にして夕飯は作ってもらった。ありものの炒飯。連れは炒飯を作るのが上手だ。
 食後は阪元裕吾監督の『ある用務員』を観た。『ベイビーわるきゅーれ』のわずか半年前に公開された作品だが、その半年の大きさを感じた。出てくる殺し屋にそれぞれちょっとコメディアスな側面を持たせているのは一貫した雰囲気を感じたけど(私はたぶんこの人と笑いの感覚が近い)、日常とアクションの落差で緩急がついていたベビわると違って、こちらはずっとアクションしてんな、という印象しかなかった。これは脚本が違う人だったからかもしれない。アクションそのものは見応えがあって楽しかった。伊澤彩織さんってほんとうにかっこいい。全体的に色調が青すぎたのはあんまり好きじゃなかったのだけど、ラストシーンで光差す廊下の奥に消える結と、暗い廊下に崩れ落ちる深見の対比を見せるときの青さはよかった。ベタだけど好きな映し方。