ミュージカル ”ALL SHOOK UP” 参戦記

ソウルの旅行中に書きはじめて途中までになってしまっていた文に書き足した。2017年最後の日、幸せだった時間のはなし。

明けましておめでとうございます、が挨拶としては正解なんだろうけれども、年末の空気を味わう間もなく新年はずかずかとやってきてしまって、受け入れる準備ができていなかったものだからどうにも新鮮な気持ちになれそうにない。またいつも通り一日が終わって、次の一日が始まっただけのように感じる。

慌ただしい日々の隙間に書きこぼしたことがたくさんある。本当はそれをひとつひとつ丁寧に掬いあげたいけれど、そんなことをしていたら今度は新しくやってきた出来事が掌から零れ落ちて行ってしまう。仕方がないから、今掴んでいるものだけでも繋ぎとめておかなきゃいけないし、そうすると後ろに流れたものからは目を逸らすしかない。生きていくってそういうこと、なのでしょうね。

そんなわけで、今私の掌にあるのは、数時間前の去年の話。

 

ジノが出演しているミュージカルを観に、ソウルに来ている。渡韓自体が初めてのことだから、旅行記としても色々書き残しておきたい気持ちはあるのだけど、ともあれここでは公演の感想を。

旅行は4泊5日、友人と二人で来ているのだが、この日は私の希望で終日別行動。ひとりで夕方までソウル市内をぶらつき、その足で会場に向かった。

コンサートの時とはまた違う、演劇やミュージカルの公演直前の空気が好きだ。開演5分前を知らせるブザーが鳴り、観客もあらかた席について、声を潜めて家族や友人、恋人たちと会話している時。意味を成さない音の群れが私を柔らかく包み込んで、自分の肌が私と外の世界を隔てている感覚が際立ってくる。

緩やかな5分間が過ぎて客席の照明がじわりと落ちると、ざわめきの余韻が闇に溶けて、人々の息遣いだけしか聞こえなくなる。世界と私の境界線がまた滲んで、自分の息もその闇に溶けていく。そこから音が流れ出すまでのほんの一瞬、「何を見せてくれるのだろう」という静かな興奮が心臓の奥からぶわりと私の体を走る、その瞬間がたまらなく好きだ。

 

私の通っていた大学は、演劇やミュージカルの上演が盛んだった。私自身は大学に入るまでそれまで特にそういったジャンルに興味があったわけではないから、何がきっかけで学内公演にしばしば足を運ぶようになったのかは覚えていないが、たぶん公演に関わっていた友人にチケットを売りつけられたとか、そんな感じだったのだろう。ところがいつしかその魅力にとりつかれて、学内公演はかなりの数を見に行った。そのうち好きが高じて、大学4年になってから演劇のサークルに参加し、実際にプロダクションメンバーとして関わるようになった。最初は裏方のスタッフとして仕事をしていたが、卒業直前にはキャストとして舞台に立ったりもした。

その時の感覚が、今回の公演を観ながら鮮やかに思い出されて、なんだか長いこと閉じていた気持ちが、久しぶりに外の空気に晒されたような心地だった。そう、楽しかった。とても。

 

韓国はもともとミュージカルが盛んな国だというイメージはなんとなく持っていたのだけど、今回でハマる気持ちがよくわかった。底抜けに明るいストーリーだったこともあるのだろうけれど、とにかく俳優さんたちがとても楽しそうに演じるのが、すごく印象的だった。

思った以上にディーンが終始いちゃいちゃしていたものだから、(不本意にも)複雑な気持ちになったりしたものの、なんせ相手役の女性も笑顔が眩しくて、ステージにいるとパッと空気が華やぐような可愛らしい人だったし、とにかく登場人物が一人残らず愛おしいのだ。

ストーリーとしては、まぁ、ベタだなと思う。だけど、それがいい。バイセクシャルを自認する私としてはやや複雑な気持ちになるシーンもあったとはいえ(作品の中での描かれ方そのものというよりも、主人公が同性に恋をしていると自分で受け入れるまでの過程を観客が「笑いどころ」と捉えているのが残念だった)、賑やかな空気に身を任せているうちに自分が抱えているものがばかばかしくなってしまうような、そんなパワーを持った作品だ。めっちゃくちゃ元気になる。終演後、会場を出るなり私の皮膚を刺す冷気すらも愉快に思えるくらい世界がハッピーになる。凄いんだ、ステージの持つ力って。

ヒロインのナタリー、その想い人である主人公エルビスとともに愉快な三角関係(四角関係ともいう)を繰り広げるミス・サンドラというキャラクターがいるのだけど、私が観た回でこの役を演じていた정가희さんという人が、歌唱力はもちろん、もうほんっとうに綺麗で華やかで艶やかでコミカルで、大好きになってしまった。エルビスを演じる허영생さんもカリスマティックな魅力がある人だったし、제이민さん演じるナタリーの素朴でさっぱりとした可愛らしさもとってもキュートで、ああとてもじゃないけど言葉を尽くしきれない!それから親世代の俳優さんたちもスーパーかっこよかった。マンマ・ミーア!なんかもそうだけど、模範的な存在としてではなく、母親や父親自身がひとりの人間として恋をしたリ悩んだり時々ちょっとダサかったり、そういう描かれ方をしている作品はいいよなと思う。

あー、書いているうちにどんどんとまた観たい気持ちが募っていく。推しが出ていればこそ観に行った作品ではあったけれど、これはジノがいなかったとしても普通に観に行く価値のある公演だった、と思う。

 

とはいえ、間違いなく私の目当ては彼だったわけです。
個人的に私がものすごく興奮してしまったのは、歌手としては間違いなくトップレベルの実力を持っている彼が、ミュージカルの世界では決してそうではない、ということ。音は絶対に外さないし、ビブラートだって完璧だ。だけど、声量が、圧倒的に他の俳優さんたちに及ばない。たぶん、発声の方法からして違うのだろう。

毎度のことながら勝手な想像ではあるけれど、歌に少なからず矜持を持って生きているはずの彼は、この世界に入ってそれなりに悔しいと感じているんじゃないだろうか、なんて思ったら、どうしようもなくグッと来てしまったのだ。

この先もこういう舞台での仕事があるかはわからないけれど、また知らなかった顔が垣間見えた時間だった。

本当は、ミュージカルに出演するジノを見に行こうかどうか、少しだけ迷ったのだ。だって、私が好きなのは、歌うことが好きでたまらないチョ・ジノというひとりの人だけど、ミュージカルの中では彼はチョ・ジノではなくてディーンという人として存在しているから。ケチな話だけど、決して安いとは言えない金額を払って、やっぱり私が観たかったジノはこれじゃなかったなあ、なんて終演後思ったりしたらどうしよう。そう思っていた。

杞憂だった。全くの杞憂だった。
だって、あのステージの上にいたのは、やっぱり私の大好きなジノだったんだもの。

演じきれていない、わけではない。なんだけど、ほんの刹那、ディーンの表情の裏に、あの私が好きな、気持ち良さそうなジノの顔が覗く瞬間があった。胸をぎゅうと掴まれるようだった。たぶん、隣に座っている人は私がなんで泣いているのかわからなかったことだろう。でも、ジノの声だった。ジノの声が、意識とか理性とか全部通り越して私を震わせて、気が付いたら視界が揺らいでいた。たまらなく幸せだった。

そういう次第なので、再来週、まさかの日帰りという超強硬スケジュールでまた観てきます。あぁ、2月分のカードの引き落としが怖い。

そして明日は!リリイベ!