190930

眠れない。全然、眠れない。台風のせいではない。風の音なんてこれっぽっちも耳に入ってこないほどに、好きな人の歌声で神経が支配されているみたいだ。

台風がもたらす低気圧とか、軽い風邪とか、生理前のホルモンバランスとか、そういうものがもたらす鬱屈とした気分で、今日の昼間は使い物にならなかった。来週も週末は家を空けるから、家事は今日のうちにしておかなければと頭では思うのに、体が椅子に縫い付けられたように動けなくて、ろくに食事もとらず、起きてから7時間近くただネットの海を彷徨っていた。何もしない日も大事、と自分を説得してはみるものの、自己嫌悪にじわじわと締め付けられるだけの、怠惰な休日で終わるところだった。

それでも、マガジンホの日だから、と自分を奮い立たせてシャワーまで重たい体を引きずった。すこし温度を高めに設定した湯で倦怠を洗い流すと、いくらか気分はマシになった。それで、残っていた家事もまとめてこなした。もうあとは眠るだけにして、自分の中に懸念の残っていない状態で聴きたかったのだ。彼の歌声に、おざなりの自分で向き合いたくはなかった。

電気を消して、真っ暗にした部屋で、彼の表情と歌声だけで感覚を満たすようにして再生ボタンを押した。


聴き終えてからしばらく呆然とした。たった5分半のはずなのに、まるで2時間の公演をまるまる観終えた時のような、そういう類の放心だった。鳥肌はしばらく収まらなかった。
8月のサイン会で、歌っている時何を考えているのか尋ねたら、ジノは「歌のことだけ考えている」と嬉しそうに答えた。その、ゆるぎのない歌への愛が、スクリーンから溢れ出して私を飲み込んで、息をするのも忘れた。温厚で、冷静で、にこやかな彼の中に、こんなにも激しい感情が隠れていること、それを目の当たりにしていることにどこか官能めいた魅力すら覚えて、胸が高鳴ってどうしようもない。

野心だ、と思った。二度目のミュージカルに出演しているこのタイミングで、この曲を選んだことに、彼の悔しさと野心と自信を見て、こうして一層好きになる。先週、アイアン・マスクを観た時に私が感じた物足りなさを、きっと彼も感じているんじゃないのか。だってこれ、処刑される前夜のキリストの魂の叫びの歌だ。こんなところで、止まってたまるか。キリストの感情になぞらえて、俺はこれだけ歌える人間なのだと叫ぶジノ自身の声が聞こえるような気がした。

オール・シュック・アップを観た時から、ひそかに思っていた。アイアン・マスクを観て、その思いはさらに増した。いつか、ミュージカルで主役を張るジノが観たい。歌手として、そこが彼の目指すものなのかは、私にはわからない。だからこれはただの私の願望だ。でも、脇役で留まっていていい人じゃない、絶対に。舞台にたったひとり、あなたの歌声だけを響かせて、観客の神経と感覚ぜんぶ支配して焼き尽くすような、そんな瞬間を私は観たい。

日頃、推しに有名になってほしいとか、特に思わない。私が彼を愛するのは私の中で完結する話だから、そこに他者の存在は意味を持たないのだ。だけど、今日ばかりは叫びたい。

全世界、この歌声を聴かずして死ぬんじゃねえぞ。

困ったなあ、明日、仕事なのに。全然眠れない。

 

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