181012

いつだって週末は待ち遠しいけれど、今日はとくに嬉しく感じる。

退社したのはいつもより少し遅めだったけれど、もうご飯を自分で用意しなくてもいいことにしたから、少し気は楽だった。明日は休みだから帰りが遅くなっても困らないし、浮いた時間を何に使おうかと思案しながら駅に向かった。毎日会話を続けている相手に退社したと連絡したら、来週だよ!と返事がきた。一週間後の土曜に会う約束をしているのだ。相手が私と会うことを楽しみにしてくれているかもしれないことが嬉しくて、つい口元が緩んでしまった。結局、改札に行く途中にある本屋で1時間近くふらふらしていた。好きな漫画家の作品が平積みされていた。ちょうど今晩からドラマ化すると帯に記されたその作品は読んだことがないものだったけれど、ちょうど昨日、その作家の別の作品の新刊が出るという話を、土曜に会う彼女から聞いて楽しみにしていたところだったから、タイミングの良さになんだか縁を感じて少しうれしくなった。ビジネス街の本屋だからコミックの売り場はほとんどなくて、昨日買おうと思っていた作品はここでもお目にかかれなかったけれど、いくつか目についたものを買った。

普段、本をよく読む方ではない。なんというか、読む側というよりは書く側の人間なのだろうなと思う。中身よりも、その言葉選び、節回しに気を取られがちで、痺れるような表現に出会ってしまうと悔しくてたまらなくなる。自分には到底思いつけないような文章に出会うたび、自分の小ささを突きつけられるように感じてしまうのだ。あと、これは自分の融通の効かなさが惜しいのだけど、片手間に読むということができない。もともとマルチタスクがきわめて苦手な人間で、ひとつ物事の片がつくまで次に進めない性格なのが災いして、なかなか本を読むという行為に没頭できないのだ。一度読み始めたら、読み終わるまで遮られたくない。でも、本を読むのには時間がかかる。だから、やるべきことが他に残った状態で読み始めてしまったら、やるべきことを終わらせることができないという恐怖感が先立ってしまって、本を開いて読み始めるまではそれなりの覚悟を要する。でも、言葉や知識を仕入れると、空っぽの自分が少し満たされたような気持ちがして気持ちがいいから、好きなことは確かだ。言葉を摂取するのは、言葉を吐き出すことと同じくらいやめられない。書くことはある種私にとっての排泄行為だと先日書いたけれど、それならば読むことは食事に等しいだろう。読むことも書くことも、生きることなのだ。

愛するもののために自分を費やしていたい。そして、私の愛するものは会社には存在しない。だから、私の魂を仕事に支配させたくないとずっと思ってきた。でもやっぱり少し明け渡すことにしようと思う。甘やかされたまま1年めを終えて、焦りばかりがあって、頑張らなくちゃ頑張らなくちゃとそればかり思考が塗りつぶされているままの日々が続くのも、いい加減嫌なんだ。何を頑張ればいいのかもわからないけど、少しずつでもできることを増やしていかなければ、私はずっとこの不安を会社に対して抱えたまま生きていくことになる。だから食事を作ることや物語を書くことを手放してでも、仕事の優先順位を少しあげなくちゃいけないんじゃないかと思った。あいにく、どれも欲張るほど優秀な人間にはできていないから、選ばなくちゃいけないのだ。

ずっと、今が全てだった。明日死のうと毎日思いながら生き延びていたから、未来のことを考える必要はなかった。もう随分そうやって考える癖がついてしまったから、未来のために選択をするということがすごく難しく思える。未来のために現在の自分を犠牲にしなくちゃならないことが苦しい。それで良いんだっけ、と思う。そんな生き方をするために生きようと決めたんだったっけ。どう生きれば自分をゆるせるのか、25年弱生きてもよくわからなくて、揺れている。

帰宅する頃には、ドラマ化されるというその平積みされていた漫画のことはすっかり忘れていたのだけど、ニュースを見ようとテレビを点けたら、まさにそのドラマがちょうど始まったところだった。これはきっと見なくちゃいけない作品なんだ、と直感したのは正解だった。見終えてからしばらく鳥肌が止まらなかった。とにかく岡田将生の演技が圧巻だったし、竜星涼もとても良かった。漫画や小説の映像化が原作を超えるのは難しいというのはよく言われることだし、原作ファンがどう感じるのかはわからないけれど、ドラマでこれならば、原作はいかほどだろうと思う。全巻揃えることを誓ったところだ。評価が高いというアニメも映像配信サービスで見られるというから、そのうち見ようと思う。『昭和元禄落語心中』、全10回。来週の金曜が今から楽しみで仕方がない。

ドラマが終わってからは、買ってきた本を読んでいた。今、村田沙耶香の新刊『地球星人』を読み終えたところだ。ほかの作品もいくつか読んだことがあるけれど、今回のも村田ワールドにふさわしい後味の悪さだった。途中までは比較的穏やかで感情移入がしやすくて拍子抜けするほどだったのに、終盤のぶっ飛び方が怒涛だった。似たようなことは日頃感じている側の人間だけど、こういう鋭い切り口で描き出す発想力は私にはないんだよなあ。

ほかに今日買ったのは、小川哲『ユートロニカのこちら側』、木下龍也/岡野大嗣『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、暁方ミセイ『ブルーサンダー』。

小川哲は少し前に『ゲームの王国』をジャケ買いならぬ装丁買いをしたのが出会いで、これがもうハチャメチャに面白かったから、ハヤカワSF大賞受賞作でもある『ユートロニカのこちら側』もずっと読もうと思っていたものだ。木下と岡野の『玄関の~』は、男子高校生ふたりの七日間を短歌で描いた歌集だ。いつの間に自分がこんなに短歌を好きになったのだろう。とにかく短歌をよく読むようになった頃から木下龍也はずっと好きで、これも前から買おうと思っていたものだ。たった31文字から、匂い立つような高校生の夏が垣間見える。歌集や詩集は何が良いって、前から順番に読み進めていく必要がないところだ。ふっと開いたページに出会えるのはどんな句だろうかと楽しみにするのも楽しい。暁方ミセイの詩集は、装丁に一目惚れした。濃紺の少しざらついた表紙に、銀に浮かび上がるタイトルが夜のように美しくて目を奪われた。

休みだ。明日は何も予定がない。気が済むまで文字を吸収して、眠くなったら寝る。最高だなあ。