塗りかえて世界

金曜の夜、飲み会を終え、片付く気配のない仕事をどう週末のあいだに殺そうか考えているうちに、最寄り駅についていた。先月末に閉業した惣菜屋の建物はいつの間にかすっかり取り壊されていて、建物と建物のあいだにぽかりと居心地の悪い、唐突な空白が生まれていた。ぽつんと取り残されたショベルカー越しに、まばらな星が見える。意識していないあいだに時間が進んでいることを思い知らされて、胸の奥がそわりとした。このところ空を見た記憶があまりないなと思った。当然だ。仕事しかしていないのだから。いろんな要因が重なって、連日怒涛の残業が続いている。困ったことにそこそこ楽しんでいるので、見境のなさに拍車がかかる。あいかわらずのバランスの悪さなので、まともな食事はあまりしていない。あの店の惣菜はまた食べたかったのに、もう叶わない。

会社員になって1年半がすぎて、しばらくは自分はこの領域で食っていくのだろうなという専門分野が定まりはじめた。右も左もわからなくて自分の無力に泣いた時期を抜けて、なんとなくだけど、この世界の定石みたいなものも見えるようになりつつある。もともと事業内容に興味があって入社したわけではないから、何をやることになったってどうでも良かったのだけど、わかるようになることやできるようになることが増えるのは、それなりに面白い。進もうとしている道に納得できるのはけっこう幸せなことなんだなと、周りの同僚を見ていると思う。中身を楽しめることもそうだけど、なにより組織のなかについていきたいと思えるひとたちがいるのは、たぶんかなりラッキーだ。ここにいると、自分の未来を描ける気がする。

残業、ださいと思う。8時間という決められた時間のなかでやるべきことをやるのが仕事のあるべき姿だし、終わらないものは、むりして終わらせるべきではない。終わらせる必要はない、じゃなくて、終わらせるべきじゃない。終わらせるまで頑張れよみたいな考え方のひとはいくらでもいるけど、私の生活は、感覚は、そんなに安くない。アイドルとか音楽とか短歌とか詩とか演劇とか文学とか絵画とか美味しい料理とかコーヒーとか酒とか、道端の草花とかがあふれる世界にあって、仕事の重要性なんて、その何厘にも満ちやしない。

そんなことを宣ってみたところで、こんなに働いていたら説得力も何もあったものではないけれど、その気持ちは今でもぜんぜん変わっていない。仕事を軽視したいわけでも、面白くないと思っているわけでもない。ただ、仕事だけに視界を明け渡してしまってもいいと思うには、世界が面白すぎるのだ。それでもこうなっているのは、けっきょく私がクソがつくほどの真面目で、強迫的なまでに責任感が強くて、バランスをとるのが致命的に下手くそな不器用だから、でもあるけれど、目が回るほどの忙しさを甘んじて受けいれているのには、もうひとつ理由がある。

かつて惣菜屋だった空き地をいちどは通り過ぎてから、それだけの時間、脇目も振らずに仕事に没頭していた自分を褒めてもいいかもしれないとふと思った。引き返して、スーパーでハーゲンダッツを買った。そうして帰宅して、今週はほんとうに頑張ったな、と思いながら紅茶を淹れた。長いこと自分のことを甘党だと思っていたのだが、久しぶりに食べたハーゲンダッツは思っていたよりもずいぶんと甘すぎて、ゆっくり時間をかけないと食べきれなかった。自分が変わったのだなと思った。そう、変わった。自らを評するのに真面目だとか、責任感が強いだとかいう表現を用いることもなかった。むしろ大雑把で、すぐに諦めて放り投げるような、責任感が希薄で怠惰な人間だと思っていた。どうやらそれが、度を越した几帳面を裏返した結果だったらしいということに気がついたのは最近の話だ。今週はほんとうに頑張った、と自分で思える、そんなこと、25年半生きてきたなかで初めてなのだ。自分が頑張れている、そう思えることが嬉しくて、多少のしんどさには寛容になっている。

中途半端で終わるくらいなら、潔く諦めるべきだという考え方は、もうすっかり骨まで染み付いている。救いようのない諦め癖に冒されているから、完璧主義なんて格好のつくものではない。そんなに追い込まなくても大丈夫だ、もっと楽に構えなよといろんなひとに何度も声をかけてもらったけど、私にとっては、「これでいいのだ」と折り合いをつけることの方が、ずっとずっと難しい。未完成の状態にとどめてしまうことで、自分の能力が足りていないと思い知るのが怖いのだ。それで、はじめから戦う土俵に立たなければ、勝負の結果はつかないじゃないか、などと言い訳をする始末である。ほんとうは、そんなのは、不戦敗に過ぎないのに。

投げ出すとか先延ばしにするという選択肢など目をくれず、自らのやるべきことに注力できる優秀な同僚たちのことが羨ましかった。彼らは、いつでもやり遂げることをまず考える。考えることができる。それは未来に対する信頼だ。彼らは死を望んだことはあるのだろうか。いちど死にたいと思った人間には、戦わないことを選ぶ誘惑が常につきまとう。生きていくと決めて、気づけばもう半年が経っているのに。私が戦わなくちゃいけないのは、世界でも、他者でもなくて自分なのだと、仕事をしているといつも思う。

そもそも私はひとにくらべて、時間の概念が希薄だ。時計の針が進んだ先に未来が存在するのはわかるけれど、それが現在の自分とつながっているという実感がない。直近の未来ならまだしも、数カ月とか数年先のことになると全然だめだ。自分が生きている姿を想像できない。私が自らを未熟であると認めることに病的な抵抗をおぼえるのはそのせいだ。「次のチャンス」だとか「未熟な今よりも成長した自分」の存在を前提にできない人間には、今しかないのである。

だからといって、完璧にもたどり着けない。当然だ、私は未熟なのだから。でもその事実と向き合いたくないから、諦めることを選んできた。やればできる自分に幻想を見ることしかできない、成功体験に欠けた人間はそうして形成される。

他者に評価されようと、結果が良かろうと、「自分はじゅうぶんな努力していない」という感覚に勝るものはなかった。四半世紀を生きてなお、自分は努力した、と胸を張って言えるものがない。ひとは記憶を美化するいきものであるとか嘘でしょう。私の過去を眺めて浮かんでくるのは「ああすれば良かった」ばかりだ。高校時代の友人の大半と疎遠になってしまったのは、それをまるごと手放したかったからかもしれない。


「ふだんから頑張っていないと、いざという時に頑張れなくなってしまうよ。」

中学のときの担任に言われた言葉だ。当時着任3年目くらいの教員だった。卒業して以降会っていないから、私の中で先生はずっとあの時の姿をしている。今の私とそう年の変わらないはずの彼女のその言葉は、もう10年近く経つのに、いまだに深々と刺さっている。当時から私は自分がまわりにくらべて頑張れない人間であると思っていて、そのことに引け目を感じていた。かといって、なんとなくで中の上くらいをキープできてしまう現状にあって、自分を納得させられるくらいに頑張る貪欲さは、私にはなかった。

なにより、何をしたら頑張ったことになるのかがわからなかった。頑張れという人はたくさんいるけれど、彼らは頑張り方を教えてくれるわけではない。何時間勉強しましたとか、毎日運動しますとか、いろんなひとが、いろんなことを頑張っている。そういう話をきいて、すごいな、頑張ったのだなと思う。だけどそれはあくまでもその人が何を頑張ったかの話で、「頑張るとは何か」という問いのこたえではない。同じことをしたら私が頑張ったことになるかというと、それも違う。

頑張り方を知らないまま会社員になって1年が過ぎた頃、配属されたプロジェクトで、初めて「なんとなくではどうにもできない」という状態に直面した。割り振られた作業を、自力で終わらせることができない。仕事のこわいところは、毎日が期末レポートの提出日みたいなところで、なおかつ学生時代と決定的に違うのは、自分のやっているタスクが自分だけで完結しないところだ。たとえば期末レポートの提出を諦めて単位を落としたところで、困るのは自分だけ。まあ、留年とかしたらすこしは周りに影響が出ることもあるかもしれないけれど、それにしたって限定的だ。だけど会社ではそうはいかない。自分がやらなくちゃいけないことをきちんと終わらせられなかったら、ほかの人に迷惑がかかる。なのに、今までなんとかなってきてしまったから、いまさら他者に頼る方法もよくわからなかった。だいたい、その人達だってそれぞれ自分のやらなくちゃいけないことを抱えているから、むやみやたらと助けを求めることもできない。代わりにやってくれるひともいない。やらないもできないも、はなから選択肢にないのだ。

「頑張ったけど、だめだった」という状況が存在しうる、ということを理解できなかった。だめだったのならそれは頑張っていなかっただけじゃないか、そう信じ込んだ。じゅうぶん頑張っている、と言ってくれる人たちは、いかに私が怠けているかを知らないだけなんだ、全然足りていないんだって思っていた。だってそうじゃなきゃ、自分がその程度だと認めることになってしまうから。

自分を責めるのは楽なのだ。自分が変われば、自分がちゃんと努力できさえすれば、この状況も変わるかもしれないという希望を持てるからでもあるし、自分を責めることで、頑張っていない自分を正当化できるように思えるからでもある。こんなにつらい思いをしてるんだから、頑張れなくたって仕方ないよね、みたいな甘さが自分を嫌悪する気持ちのうらにあることを、私はよく知っている。最低だ。自己嫌悪は自傷行為だけど、自慰行為でもあるのだ。というより、自傷行為が自慰行為そのものというのが正しいかもしれない。手首や太ももに傷をつけていた頃と寸分たがわぬ感覚だもの。

深く刻み込まれて轍のようになった思考から抜け出すことができずに、とうとう年末は調子を崩した。死ぬのはやめると自分に誓って以降、いちども口にしていなかったはずの「死にたい」が、いとも簡単に戻ってきて、真っ黒な衝動に自分の内側が塗り潰されていく感覚が怖くて毎日泣いていた。ただでさえ芳しくなかった仕事でのパフォーマンスもみるみる落ちた。ぼろぼろになっていく私を見かねたのか、あるいはよほど使えなかったということなのか、とにかく上司は年明けからチーム異動できるようにはからってくれた。その話を持ち出されたときも、やっぱり自分の力不足を突きつけられたように感じて落ち込んだけれど、かといってチームに残る選択肢はどう考えてもなかった。

結果的にすこし負荷の軽いチームに移動したことと、相性の悪い上司から距離を置けたことが幸いして、春先にはまた死を望まなくても生きていくことができるようになった。そんな感じでだいぶ調子がよくなった実感が出てきた折、私が敬愛してやまない上司と面談する機会があった。そのひとは、立場上すこし離れたところにいるので、その頃は直接いっしょに仕事をしていたわけでもなかったけど、なぜだか私のことをずっとかわいがってくれている。調子を崩した時も、ほかのチームメンバーからそのことをきいて、年末の忙しい時期にわざわざ時間をとって話を聞いてくれたのだった。年が明けてからはさらに顔を合わせる機会も減っていたのだけど、たまたま社内で偶然出くわして、10分ほど立ち話をしたときがあって、最近はまた元気になりましたと伝えたら、良かったと嬉しそうに目を細めてくれた。私はそれだけでじゅうぶんだった(彼のような忙しいひとに、私のために時間を割かせるのは気が引けるから)のだけど、その日の夕方、社内のチャットツールで連絡がきた。今日はゆっくり話せなかったから、今度時間をとりましょう。直属の部下でもなんでもない私のことを、そうやって気にかけてくれることがすごく嬉しくて、緩んだ口元はしばらく戻らなかった。

あのとき、もっとああしておけばよかったってどうしても考えちゃうんですよね。その面談で、作業をさばききれていなかった年末を思い返して私がそう言ったときのことだった。そのひとはわかるなあと苦笑いをして、それから「でもさ、」と言葉を続けた。

「かりに、そのときの自分とまったく同じレベルの知識と経験しかない状態に今もういちどなってみたとして、そのときよりもうまくできるかって言ったら、たぶん、できないじゃんね。そのときの自分にできる最善の決断を、そのときの自分はしたでしょう。だったら、それはちゃんと頑張ったってことに、俺はしちゃうかな」

あなたは頑張っているよ、なら何度も言われてきたけど、それは、彼らの目に私が頑張っているように見えるらしいということ以外、私にとって何の意味も持たなかった。そういう優しさと、このときの上司の言葉が決定的に違ったのは、頑張るという言葉の定義が明確だったことだった。

頑張るって、そのときに自分が選びうる選択肢の中で最良のものを選ぶことなんだ。氷が溶けたみたいに、すっと馴染んだ。

「それに、次はもっとうまくやれるでしょ?」

そうですね、と私が頷くと、それでいいんだよと返された。いいのかもしれないと、ほんとに思った。

世界は変わっていない。私がいるのは、過程が評価されない、「頑張ったけどだめでした」が通用しない世界のままだ。それでも、その言葉があったから、私の目に映る自分も、私の目に映る世界も、全然違うものになった。自分はがんばれていないと、最善を尽くせていないと思っていた。まちがった判断をたくさんして、そのときのことをずっと悔いてきた。だけど確かなことは、間違えようとして間違えたわけじゃないのだ。正解ではなかったかもしれないけど、そのときの自分に最善に見えた道はたぶん選んでいた。そういうふうに自分を見てみると、ちょっとくらい認めてもいいような気がした。そんなふうに自分のことを素直に肯定できた経験はなくて、ほとんど泣く寸前だった。

心臓に刻みつけた。何かを選ぶとき、それが自分の手持ちの選択肢のなかで最良かどうかを考えるようになった。そうしたら、ジノやレイちゃんが繰り返し口にする「努力」という言葉が、まえよりもすこし近く感じられるようになった。眠ることが怖くなくなった。どうしようもなく疲れて動けないときも、動かないことがその瞬間にとっての自分には最良なんだと思えるようになったから、自分のことをだめだと思わなくて良くなった。最良だと思って選んだはずの道があとから振り返ったときには間違っていたなんてことはきっとたくさんあるんだろう。いつかそれに気付ける日が、きっとくるんだろう。そのときが楽しみになった。未来が、楽しみになった。

ジノがいつだか言った「自分は狂うほど努力をしている」という言葉が、途方もなくて、想像もつかなかった。遠くに感じて悲しかった。だけど、今はすこしわかる気がする。ジノと対等でありたいと願いながら、彼を追いかけて飛び回ることの矛盾に、ほんとうはずっと気づいていた。だって、追いかけるということは、彼よりも後ろにいるということだ。いつまでもそこにとどまるつもりはない。次に会うときはきっと後ろめたさを感じなくてすむはずだ。

仕事に心も生活も奪われる気なんかない。世界を諦めるつもりなんかさらさらない。それでも、自分の未来を引き受ける覚悟をしたから、たぶん今仕事に注ぐのは悪い選択じゃないはずだと思って、いけるとこまでいってみようかなとか思っているのだ。