9月12日(木)かみあわない

8時半に目が覚めた時点で、今日は調子があがらない日だなと悟った。会議の予定もなかったし、移動時間のことを考えたら終日家で仕事をしても良かったのだが、そのことに気が付いたのは着替えたあとだった。一度着たものをまた脱いで部屋着に戻るのは癪な気がしたので、その選択肢は思いつかなかったことにして、化粧をして家を出た。指輪も腕時計も忘れたうえに、電車の中で吊り革に二度頭をぶつけたし、秋草の花粉が飛びはじめたのか鼻水もとまらないし、やっぱり冴えない一日になることは明らかだった。

昨日まで立て込んでいた作業は一段落して、気が緩んだせいで、とてもではないけど有意義な時間の使い方はできなかった。あーあ、だめだなと思いながら時間ばかり浪費しているうちに午前中が終わった。

同僚が誘ってくれて昼食を一緒にとった。ちょうど開催中の学生インターンシップにその同僚が関わっていた縁で、学生数人もその場に加わった。良い目をしている人たちだった。仕事の話をいろいろと尋ねられて、不安に混じって目の奥に見える未来への期待を、私が奪うわけにはいかないと思ったから、ちょっぴり背伸びして話をした。仕事が楽しいこと、良い会社に入ったと思えていること。幾分か格好はつけたにしろ、どれも嘘ではないから、伝わればいいなと思った。何年目になれば出産してもいい空気になりますか、と尋ねられたのには、同僚と思わず絶句した。そういうものが当たり前にあるのだろうという前提のうえに立つ質問が悲しかった。そう彼女に思わせている社会に憤りを覚えながら、産んじゃいけない空気はうちにはないよと伝えた。

学生にはそうして格好つけてふるまったくせに、午後も結局ろくな過ごし方はできなかった。何もしないまま一日を終わらせるわけにはいかないからと、夕食を作る決意をして会社を出たものの、あっさり空腹に負けて、近くのコンビニで菓子パンを買ってしまった。菓子パンは空腹を満たすことにかけては確かに優秀だけれど、どうにも惨めな気持ちになる。 ここで買ってしまったら、帰宅してからもう食事はしないこともわかっていて、それでも誘惑に落ちた自分が恨めしかった。

帰宅してほどなく、出張中の恋人から電話がかかってきて、しばらくは仕事の話をしていた。彼の困りごとに、私がこうしてはどうかと提案してみたら、なるほどなあと納得したような声が返ってきたので満足した。恋人としての時間に仕事の話は持ち込みたくない、というのは共通でもっている意識だけれど、こうして意見を聞き入れてもらえるのは嬉しい。年下だからとか、そういう区切りをせずにきちんと話をきいてくれるひとだから好きになったのだとも思う。

昼に学生と食事したこと、その時に出てきた問いかけについても話した。それでもちょっとずつ変わってきているよねと世界を擁護するような発言に、ちょっとじゃだめなんですよとつい口調を荒げてしまった。すこし反省した。でも、だって数十年後じゃ意味がないのだ。未来の女性ではなく、あのとき私にそう尋ねた彼女が、空気のせいで何かを諦めなくてもすむように。そんな世界は、いつかじゃなくて今終わりにしなきゃいけないのに。やっぱり男性には他人事なのだろうか。それをいうなら、出産するつもりはない私にだって他人事なんだけどな。 時折ふっとちらつく彼と私の隔たりをこの時も感じて、すこし寂しくなった。

1時間ほど無為な言葉のやりとりを続けて、シャワーを浴びて、洗濯物を干して、それからまた数分だけ通話して翌日の食事の約束をして眠った。なんだかうまく歯車のかみ合わない一日。