9月13日(金)秋は私の

ひとりで暮らしていると、夜に窓を開け放って眠るのにはすこし怖い。かといって閉め切って眠るにはまだすこし暑くて、それで空調を除湿モードにして寝た。5時すぎに肌寒さを感じて起きて空調を切ったのも、7時半に携帯のアラームが鳴って止めたのも覚えている。あとすこし、と思ってもう一度タオルケットに身を預けたことも。それが全然すこしではおさまらず、その次に目が覚めたら10時半だった。さすがに心臓が跳ねて、慌てて飛び起きた。とはいえ、この日も会議は夕方にひとつ入っているだけだったから、潔く出社は遅らせることにして、とりあえずメールを確認した。とくに急ぎの用が舞い込んできた様子もなかったので、悠長に身支度をして、朝顔のしぼんだ花の名残を鋏で切り取ったりしていた。蕾が増えたな、と思ったのはつい数日前のはずなのに、すでにところ狭しとその花弁を広げていて見事だった。うちに置くようになって2ヶ月とすこしだが、その都度みせる表情の変わる様に、毎朝歓声をあげてしまう。朝を楽しみにしてくれる愛しき生き物である。そんなだから、家を出たのは11時半を過ぎていた。

首元の詰まった長袖の白のトップスに、秋色のツイード生地のスカートとベージュのジャケットを合わせた。足元は今年おろしたばかりの茶のローファー、それと曾祖母の形見のガーネットのビジューネックレス。化粧も色を合わせて、暗めのブラウンレッドの口紅とゴールドのアイシャドウにした。鏡の前で自分を眺めて、完璧だなと思ったので、「今日の私は可愛いので楽しみにしてて」と恋人に送りつけておいた。秋を私物化した私なんか、無敵に決まっているのだ。

夏の気配は跡形もなかった。嵐がぜんぶ連れて行ってしまったのだろうか。季節の境界に特有の、新しい世界への期待と終わりゆく季節への郷愁とで胸がつぶれそうになって、叫び出したいくらいだった。となりに恋人がいたら、腕をつかんで振り回していたことだろう。

18時半からの会議さえなければ出社しなくともよかったくらいなのだが、当の会議で資料をレビューしてくれることになっていた先輩は出張からの帰社が間に合わず、結局オンライン会議になった。良い服を着ておいてよかったと思った。そうでなくちゃ家を出た意味がなくなってしまうところだったから。20時過ぎに退社。本社とは別の場所で開催された社内研修に車で参加していた恋人が迎えに来てくれて、会社からすこし離れたところにあるイタリアンのレストランに行った。前日にピザが食べたいと伝えたら、店を探しておいてくれたのである。まったく、つくづく甘やかされている。

店は満席だった。空きが出たら連絡をくれるというので、名前と連絡先を伝えて、夜の散歩に出ることにした。すでにあらかたシャッターの下りた商店街をぬけるとすぐ近くに川があった。風が心地よいのが嬉しくて、秋だよ!とはしゃいだ。朝できなかった分も合わせて恋人の腕をぶんぶん振り回した。満足。店からはすぐに連絡があって、空腹だったからありがたいのだけども、本当はもう少し、この夏のおわりとも、秋のはじまりともつかぬ、名のない季節の空気を味わっていたい気もした。もっとも、そんな未練は、ピザを前にしたらすぐに消えたのだけど。繁盛店の名に違わぬ、文句なしに美味いピザだった。というか、人生で食べた中で一番美味しいんじゃないかと本気で思った。また行きたい。

食後は、夜の東京をしばらくドライブした。サンルーフを開け放って月を見上げた。中秋の名月だったことは別れてから知ったが、燦然とした光が美しかった。恋人といるの、やっぱり楽しい。