9月15日(日)酢漿草

目を覚ましたのは11時ごろだったが、13時近くなるまで布団のうえにいた。勉強しなくちゃなあ、と頭では思うが体がシーツに縫い留められたかのように動かない。だって気持ちいいんだもん。13時過ぎにどうにか体を引き剥がして、2ヶ月半ぶりの歯医者。まわりの人間に今月こそ行く!と宣言し続けて、やっと叶った。ふつうに通っていればとっくに終わっていたはずの治療だが、散々サボっているせいでまだしばらくかかる。自業自得。

とにかく予約というものが苦手でたまらない。まず電話が嫌い。仕事の電話はようやくなんとかできるようになったけれど、それにしたってできることなら避けて通りたい。ましてプライベート(この表現は好まないが)なんかもう絶対に嫌で、電話が嫌いなあまり次の予約がとれないというのもあながち誇張ではない。頼むからオンライン予約できるようにしてほしい、ともう1万回くらい思っている。予約がとれたらとれたで、決まった時間に決まった場所に行かなきゃいけないのも、そのために行動を逆算しなくちゃいけないのも苦手だ。その算段が下手すぎるばっかりに、もう5、6回は予約をすっぽかしている。そのうちブラックリストに載って、あなたの予約はお受けできませんとか言われるんじゃないかとびくびくしている。ちゃんと14時の予約に間に合ったのは、私にとっては奇跡に近い。

14時半に歯医者を終えたところで、恋人から電話がかかってきた。ランニングがてら都心に出るから、もしそちらの方に来るならば会いたい、という申し出だった。夕方の友人らとの食事の約束は方向が違ったけれど、時間はあったし、家にいても腐るだけなのもわかっていたから、会いに行くことにした。都内の公園まで、10kmほどで1時間弱かなあ、というので、悠長にシャワーを浴びていたのだが、上がる頃には軽々と4km距離を詰めてきていた。速いよ、と文句をいうと、自分の足を過小評価していた、というので笑った。

秋というには暑い、夏というには涼しい気候は、公園を散歩するのにちょうど良かった。ツルボがよく咲いていた。愛らしいピンク色の小さな花にせわしなく訪れる蜂の腹が花粉で黄色くなっているのをふたりで覗き込んだりしていた。タイワンホトトギスも見頃だったし、ヤブミョウガが青い実をつけているのも楽しかった。イロハモミジのプロペラみたいな実とか、カタバミの実とか、ムラサキサギゴケとかを見つけては私がはしゃいで、恋人はよく見つけるなあとそのたびに目を見張った。植物好きの両親の影響で、私も道端の草花を探して歩く癖がついている。目ざとくそういうものを見つけ出せるのは、自分の好きなところのひとつで、私は私の目に映る世界が好きだ。全然見てる世界が違うんだなあ、と恋人は寂しそうにするけれど、雑草なんて気にもとめないひとなんてたくさんいるなかで、そうやって私の見ている世界を知ろうとしてくれることが嬉しいと思う。

なかでもカタバミの実は昔から大好きで、見つけると所構わずしゃがみこんでは触れて、実が弾けるのを見て遊んでいたので、恋人にもその遊びを布教した。けっこう長いこと、ふたりでしゃがみこんで、ひたすら種を弾けさせていた。今にも弾けやすそうな実を見極めるのは私のほうが圧倒的にうまくて、ほらまた、と私が喜ぶたびに恋人はなんでわかるんだよ、と悔しそうに口を尖らせていた。

しょっちゅう道草を食いながらしばらく公園内をふらふらして、それから芝生にふたりで寝転んだ。地面に体を預けて空を見ていると、周りの音がぐわんと遠くなって、世界が引き伸ばされて密度が薄くなったみたいに感じた。すぐ隣に横たわる恋人と、肌をくすぐる芝と、腕を上ってくる蟻たちだけが確かな実体を伴っていて、あとはぜんぶ現か幻かが曖昧で、風が気持ちいいこと以外思考がぜんぶ溶けていった。気持ちいい、とつぶやいたら隣で恋人もまったく同時にまったく同じことを言ったので、ふたりして吹き出した。

暗くなるすこしまえに恋人と別れて、大学時代の友人ふたりと酒盛りをした。価値観はどちらかというとばらついていて、とくに気が合うわけでもない仲だが、食と酒の趣味が合うので数ヶ月にいちどは会っている。この日選んだ店は、刺身が美味しくてよかった。下世話な話を肴に2、3合飲んで、そこそこ酩酊して帰った。