生きてるっぽい

昼下がり、久しぶりに元恋人から「いーきてるー?」と連絡が来た。元恋人からの連絡はいつもそんな感じだ。私の生存確認さえできれば良くて、それ以外の目的を持たない。「生きてるんだか死んでるんだかわかんないよ」と返すと、「初期の鬱みたいなことをいうね」と言われた。たしかにそうかもしれない、そんな状態のほうが平常だからよくわからない。そっちから連絡してきたくせに、私が返信をすると、あとは興味を失ったような気のないやりとりになって、「ま、ほどほどにやんなよ」みたいな感じで終わる。それがだいたい月にいちどくらいの頻度。生きてさえいればいい、その程度の愛情は心地いい。

evernoteを立ち上げて、過去に自分が書いたはずの文章を読んで、文章って、どうやって書くんだったっけ?と途方に暮れた。最近、どうやって生きていたんだったか。楽しかったことも、嬉しかったことも、たくさんある。それをひとつも言葉として残せていないことに焦燥がある。形にしておかないと、なかったことになってしまいそうなのが怖い。むかしはそれが写真を撮る動機だった。今はその手段が言語化になっている。でも、感情の振れ幅が大きな出来事であればあるほど、ひとつも取りこぼしたくないから、言葉にする大変さも比例して増えるわけで、そうなると形にできずに日々が過ぎていって、だから生きてるんだか死んでるんだかわかんない、ということになってしまうのである。今月の目標に「とにかく書く」というのを掲げていたけれど、達成はまったくできていない(というか、その目標を掲げるのは何も今月が初めてではなくて、これまでも達成したことはない。どれだけ書いたって満足することがないのもわかっているので、この先も達成することはないのだが、それはそれ)。自分の存在が薄くなっていくような気がして非常にいやな気分なので、とにかく、書く。

10月28日(月)
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会社帰りに恋人のバイクに乗せてもらって、神保町のカレー屋に行った。アフリカの国を店名に掲げているくせに、店の前のメニューにはインドカレーって書いてあって愉快だった。スパイスの複雑なかおりが口の中で広がって、すごく美味しかった。夜の東京をバイクで走るのは楽しい。ちょっと自分のバイクがほしいな、などと空想がふくらんでしまう。恋人と一緒に出かけられたら、絶対に楽しい。 

10月30日(水)
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恋人と夜中にコーヒーゼリーを作って、朝に食べた。

11月2日(土)
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母が食事に誘ってくれた。カウンター8席のスペインバル。ぜんぶ美味しかったけど、かぼちゃのポタージュと洋梨の組み合わせに心が溶けた。母と娘って感じの距離感になってきたな、と思う。最近。

11月4日(月)
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高校時代の友人の結婚式の二次会の日。美容院のあとしばらく時間に余裕があったので、恋人と山種美術館に行った。その途中に見つけたいい感じの影。展示はすごく良かった。美術館はずっとひとりで行くのが好きだったけど、恋人と話しながら見て回るのは楽しい。前回、初めて一緒に美術館に行ったときは、まだ距離を掴みかねていて、邪魔をしないようにお互い黙って見ていたけど、今回はなんでか、はじめからその場で感想を共有するのがあたりまえみたいに、絵の前で会話がはじまった。他者と感情の共有をしたいとも、できるとも思っていなかった(思うのをやめてしまっていた)から、不思議な感覚で、でも嬉しかった。

11月7日(木)
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同僚たちと、オフィスの近くの焼き肉屋で昼食。牛肉はもともとそこまで好きじゃないし、ヴィーガンではないにしても日頃は避ける食材だけど、たまには良いかなと思う。

11月8日(金)
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会社の後輩が仕事で悩んでいるというので、相談に乗ることになって、一緒にハンバーガーを食べに行った。1年前の自分の姿を見ているようだった。私から見たら、スーパーマンですよ、と言われて、自分が誰かの目にそういうふうに映ることがすごくくすぐったくて、嬉しかった。1年前の自分と比べたら、遠くまで来たなという実感はたしかにあって、だから1年でここまで来られるんだよ、と思うけれど、それが今の彼女を救うことにはなるわけじゃないから、もっと即物的な、速効性の手助けができないかと考えている。

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後輩と別れたあと、恋人がバイクで会いに来てくれて、夜の公園を散歩した。かさこそと音がして落ち葉に目を凝らしたら、目のきれいないきものに出会った。灰色の空に葉がくっきりと影を落としていてよかった。

11月10日(日)
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恋人のバイクで、深大寺まで遊びに行った。金沢でも買ったのに、ここでもお猪口を4つ買ってしまった。こんなに家にあってどうする?とか言って、ふたりで大笑いしながら、でも買った。恋人と一緒に選んだものが家に増えていく。七味せんべいと、草まんじゅうを買って食べ歩いた。

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神代植物公園にも行った。薔薇の花弁が生クリームみたいで美味しそうだった。
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縁取られた葉がきれい。新芽のときは葉全体が赤っぽくて、それがだんだんと外側にはけていって、大人の葉っぱになるとぜんぶ緑になる。
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斑入りの葉、触れると桜の花弁みたいに柔らかかった。

11月16日(土)

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恋人と遠出。軽井沢、上高地に続いて、今年3度めの長野へ。このサービスエリアで休憩するのも三度目。葉がまぶしく色づいていた。
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交差点で信号待ちをしているときに見かけて、ふたりで歓声をあげた。枝の重そうな柿の木。鳥に食べられずに残っているのは、渋柿だからだろうか。青い空に橙色が映える。
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季節外れのキャンプ場、宿泊客はさすがにほとんど見当たらない。白樺の森にテントを張った。
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けっこうな傷を負ったようだが、なんてことはないような顔をしている。
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直火が許可されているキャンプ場なので、石を積み上げて窯を作って火を焚いた。枯れ枝をたくさん集めた。かなり集めたな、と思ってもすぐに火がぜんぶ食ってしまう。火力の維持は難しかった。
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焚き火だけで作ったカレー。ホットワインも作った。

11月17日(日)
予報では夜中の気温も零下1、2度くらいということになっていたが、実際は7度くらいまで下がったようである。テントの中も冷え込みは厳しくて、明け方の眠りは浅かった。でもそのおかげで、じんわりと光が力を増していく時間の移ろいを目撃できたのはラッキーだったかもしれない。
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今年初の霜柱
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バケツに水を張って、夜につかった食器を浸けていたら、氷が張っていた。布巾を忘れたので、白樺の葉で汚れを落とした。指が千切れそうな冷たさ。
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朝食後のデザート。夢をひとつ叶えた。朝食はインスタントのコーンスープとコーヒー、焚き火で温めたパン、来る途中の道の駅で買った粗挽きのソーセージ。
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空がきれいでたくさん撮った。白樺の肌とのコントラストがきれいだ。

帰りの車で、2000年代の邦楽ヒットソングを懐かしむ流れになった。年齢は離れているのに、邦楽を聴いていた時期も聴かなくなった時期もなぜか似ていて、だから懐かしいと思う曲も似通っている。渋滞にはまったのを良いことに、ふたりで交互にプレイリストに曲を追加してははしゃいだ。恋人といると、3時間の道のりなどあっという間なんである。

11月18日(月)
ひと月前に頼んだ恋人のオーダーメイドのワイシャツが出来上がったので、受け取りに行った。生地も、襟や袖の形も、ボタンもぜんぶ選べたので、作るときはそれは楽しかった。膨大なサンプルとにらめっこして、唸りながらひとつずつ決めた。私が選んだ薄いグレーの一着と、恋人が自分で選んだタッタソールチェックのすこしカジュアルな一着。そのあと食事に行って、仕事の話をいろいろした。仕事中に弱さを見せることをめったにしない恋人の、私の前でだけ見せる弱った表情が好きで、どうしようもない。

11月20日(水)
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恋人と仕事帰りに新宿の酉の市へ。溢れかえるひとびとにもみくちゃにされながら屋台で食べ歩いて(五平餅、茄子味噌のおやき、大判焼き、じゃがバター)、見世物小屋をひやかしてきた。商売人の縁起物である熊手は、まえの年に買ったものよりも大きいものを買わないといけないのだと恋人が教えてくれた。屋台のひとや周りの野次馬が、大きな熊手を買ったひとを取り囲んで賑やかしく三三七拍子を響かせていて、ものすごい活気に満ちた空間だった。満員電車は好きになれないのに、こういう人混みが嫌いじゃないのは、たぶん生命のにおいみたいなものがするからだと思う。

11月22日(金)
仕事のあと、恋人と都心の百貨店で待ち合わせた。マフラーを新調したいというので選びに来たのである。恋人は青が似合うひとだ。それだけに、いつもと違う色合いのものを身につけた姿を見てみたくて、はじめは臙脂色を提案した。それでも恋人はセルリアンブルーのものとしばらく迷っていたけれど(その日着ていたグレーのコートにとてもよく合っていた)、最後には私が推薦した柿色のものに決めた。この日も一段と寒い日だったけれど、冷え込みが厳しくなるのが待ち遠しい。そのあと適当に入った飲み屋は酒造の直営店だとかで、日本酒も料理も美味しかった。仕事でいいことがあって、その話をしたら、恋人のほうが嬉しそうにしていた。会う前にはじんわりと達成感を噛み締めていただけで落ち着いていたのに、そうやって聞いてくれるから、話しながら突然嬉しさがこみあげてきて、ちょっと泣きそうになってしまった。

あいかわらず、恋人の話ばかりの日記だけど、好きなひととのことを文字にするのは楽しい。世界の楽しみ方を知っている私と、実際に楽しみたいからと私を連れ出してくれる恋人だから噛み合うのだ。

毎日書けなくても、まとめて言葉に落とし込んだら、すこし体が軽くなった感じがある。このさき恋人と別れても、たぶんこの日々を私はずっと慈しむんだろうと思う。そのために書いている。