2月24日(水)気球

ふつふつと創作へのちからが湧いてきて、この数日で短編をひとつと、昔書いたものの焼き直しをひとつ仕上げた。けっこうな集中力を投入したぶん、今はすこし燃え殻になっているらしい。それでも、書きたい気持ちが色褪せていないので、それなりに元気なんだと思う。自分の書いたものはあいかわらず好きだ。

昨日は布団に入ってからまほやくのイベントストーリーを読んで、わんわん泣いたせいで、そのあとひどい頭痛に襲われてしまって、しばらく寝付けなかった。たぶん酒を飲んでいたのもよくない。酒が入ると眠りが浅くなるのは昔からだけれど、めっきり飲まないせいで耐性が落ちている、ような気がする。なんだかさみしくてひさしぶりにレズビアン掲示板を覗いていたりしたものの、誰かと一から関係を築くことが億劫すぎて、けっきょく誰にも連絡を取ろうとは思わなかった。ここで知り合った人のことを思い出してしまうのもある。また同じことをくりかえしそうで怖い。誰も傷つけたくないからひとりでいる。同じく眠れなかったらしい元恋人とどうでもいい文字のやりとりをしばらくして、眠りに落ちたのはたぶん午前3時くらいだった。

仕事は、今日からすこしずつ負荷をまたあげていくことになった。久しぶりに仕事らしいことをやって、ほんのすこしだけ楽しいと思ってしまったのが悔しい。自分を必要とする場所があること。ここにいても良い理由を与えてくれる場所があること。上司と電話したらなんだか声が明るいねと言われてしまった。悪魔にたましいを売っているような後ろめたさ。自分の倫理に照らして正しくないと思うものに、楽しみだとか自分の存在意義とかを見出しちゃって嫌だな、と思う。

久しぶりに友人に連絡をとった。数週間連絡しないことは今までにもあったし、お互い思い出したように他愛のないことで唐突に会話が再開する、というのはいつものことだったけれど、なんだか今回はすっかり連絡をとる機会を逸してしまっていた。そうなってしまうと、今さら執着しても迷惑なだけなのでは、という方にどんどん思考が流れてゆく。それで諦めてしまうのが私の悪いところで、それで失った関係がいくつもある。でも、彼女と縁が切れてしまうのは嫌だな、と思って、センセーショナルな芸能ニュースにあやかって連絡を送った。いつもどおりに会話が再開して、ちょっとほっとした。

好きだった女の子への返信も一週間以上していなくて、昨日やっと返したらいつものように朗らかにしてくれて、友人にしても彼女にしても、どうして私と仲良くしてくれるのだろう、といつも思う。彼女らには私から離れる権利と選択肢がある。それでもそうはしないということは、好いてもらえているのだろうなと思うのだけれど、自分が好意に値するだけの存在には思えないから、すぐに嫌われてもいいや、に逃げてしまう。もうすこし大事にしたい人を真摯に大事にできるようになりたいのにな。

風呂に入れるとか、歯が磨けるとか、書きたいと思えるとか、自分が今いる場所の指標となるものはいくつかあるけれど、冷蔵庫の中がにぎやかというのもそのひとつだ。しんどいとろくに食べることすらしない私が、ちゃんと自炊をするというのは、年に何日もないくらいに元気な日。昨日作り置きしておいた胡瓜と大葉の塩麹漬けと、たらこパスタ、それと安くなってたカットフルーツ。たらこパスタはレモンを忘れてしまって物足りなかったけど、悪くはなかった。