心の声で呼びかけるんや

好きな俳優に手紙を書いたのに、感染症対策のため手紙の郵送はお控えいただいております、だってさ。俳優の健康を守るための方針に文句を言いたいわけでは全然ないどころか、公式がそういう姿勢でいてくれるのはありがたいことだけれど、手紙くらい送らせてくれよ!という気持ちはそれはそれとしてある。便箋に書いちゃったし封筒に切手貼っちゃったのに。書く前に確認しなかった自分がいけないとはいえ、これしか気持ちを伝える手段がないのになあ、とすごく悔しい。ファンレターなんて自己満足だし、読んでもらえる保証なんかもちろんない。読んでほしいけど、読んでもらうためじゃなくて、伝えたいから書くのだ。あなたの舞台に救われている人間がここにいるんですってこと。そういうわけで、気持ちが行き場をなくしたので、いっそブログにあげちゃう。心の声で届いたらいいなあ。その辺の木の枝に引っかからずに飛んでくといいな。

これはホタルギツネを演じる田中宣宗さんに宛てた3回めのお手紙です。

 

※舞台の内容についてのネタバレがあります。未鑑賞の方はご注意ください。

 

『はじまりの樹の神話』、東京公演おつかれさまでした。

終演した直後は伝えたいことがたくさんたくさんあったのですが、今こうして手紙にしようとすると、終わってしまったんだなあという感覚が強くて、さみしさで胸がいっぱいになっています。でも、すっごくすっごく楽しかったです。ホタルギツネを演じてくださって、ありがとうございました。

3月に初めてカシームを演じる田中さんを観てから5ヶ月近くが経ちます。実は、たった一度観ただけの方のことを、わかったつもりになって好きだと言い切ってしまうことは不誠実なのかもしれない、と思ったりもしました。でも、8/28(土)の配信2回、29(日)の東京千秋楽を観て、自分の感覚は間違っていなかったんだ、と再確認しました。演技も、歌唱も、踊り方も、まとう空気も、にじみ出るお芝居に対する真摯さのようなものも、ぜんぶひっくるめて、大好きでした。

すべてを記憶に留めておくことができなくて歯がゆいのですが、好きだったところを思い返せるかぎり書いてみます。

1幕
  • アケビスグリの"座り聞き"のあと、皆が押しかけてきて、尻尾がひかるキツネについてスキッパーに尋ねるシーン。隠れているホタルが、スキッパーが疑われているのを聞いて、皆の前に出ていこうか逡巡するときの表情が好きでした。比較的外向的な性格をしたホタルが人間を避けるのは過去になにか嫌な思い出があるからではないかと思いますが、それを押してでもスキッパーを気遣って姿を見せることを選ぶホタルの情の深さに惚れ込みます。「ほな!」も好き。
  • アップテンポなハシバミの歓迎ナンバーで、ホタルギツネがお面を外してセンターで踊るシーン。あ、観客の心を射抜きに来てるな、と思いました。もちろん私もしっかり射抜かれました。これが私の好きになった人だ!って思って、目の奥がじんと熱くなる思いでした。下手の木から、スキッパーと言葉をかわしながらみんなを見守るときの優しい表情と、ハシバミが金のカブトムシを捕まえたときの「マジかよ」みたいな表情が印象に残っています。
  • スキッパーとのデュエット。このナンバーだけでも好きなところが100個くらいあって書ききれません。軽やかな足さばきや、ぴんと伸びた指先に目を奪われました。尻尾がふりふりと揺れるのが可愛らしかったです。何より歌声がほんとうに好きです。
  • スキッパーに「ホタルでええで」って言わせておいて、いざそう呼ばれると照れているホタルが愛おしかったです。
  • 「キツネ相手に照れんなや」のところ、きっとほんとうならふさふさした尻尾がふりふりと嬉しそうに揺れているんじゃないかな、と感じさせる、愛嬌のある仕草が素敵でした。
  • トワイエさんがスキッパーの家を尋ねてきて神話の読み聞かせをはじめるときに、ホタルが椅子にひらりと飛び乗るところ。きっと耳もぴんと立てているんだろうな、と思いました。ここ以外でも、ぴょこぴょこと動く耳が見えたような気がすることが何度かあって、キツネがいる!と思っていました。
2幕
  • ホタルが森の生活に戻って、樹と再び連絡がとれるシーン。「届いてくれ」と高らかに歌い上げるところが、遠吠えを感じさせて、野生の力を取り戻しているのが伝わってきました。
  • スキッパーとのデュエットリプライズ。寺元スキッパーとの声の重なりが美しくて酔いしれました。おたがいに大事な存在で、一緒にいると楽しくて、きっとホタル自身も、スキッパーとは離れがたい思いもあったはずだと思いますし、さみしそうにするスキッパーにすくなからず気持ちが揺れたようにも思えました。それでもホタルが選択を変えなかったことこそ、「いつか戻ってくる」という言葉をスキッパーならわかってくれる、という信頼の形なのかもしれない、と考えて、胸がじんとしました。
  • フィナーレのお面を外したあとの「ひとりじゃない」のパートと、そのあとの佇まいに歌や演技、作品に対する真摯さを感じて、観ているこちらも背筋が伸びた気持ちになりました。

大好きな場面がたくさんある、宝物のような作品に出会えて嬉しいです。

千秋楽、拍手を直接送ることができて嬉しかったです。全国公演はあいにく観に行けませんが、公演のある日には心の声が届くと信じて、称賛の気持ちを各地に送りますね。次に田中さんの姿を拝見できるのがいつになるかわからずさみしいですが、明日に希望をつないで生きのびようと思います。またお会いできる日を楽しみにしています。どうぞ体調にお気をつけて、無事に過ごされますように。