2023/6/24

久しぶりに時間をかけて丹念に家の掃除をした。このところ時間がなくてどこかしら中途半端なまま終わらせるのが続いていたので、気分がかなり明るくなった。午後はムビナナへ。舞台挨拶の中継付きの回で、涙が出るほど笑った。本編はそろそろ何度目かわからなくなってきたけど、変わらずに楽しくて眩しくて幸せだった。こんなに夢みたいな時間を幾度も味わえるなんて、そんな嬉しいことがあっていいのかと思う。

ネイルに行く。トウマくんの色にしたいなあと思いつつ、夏らしい色合いではないことに悩んでいたら、友人からシアーにしたらいいのでは?と的確なアドバイスをもらって嬉しかった。幸い、思い描いたとおりのシアーっぽい臙脂色があって、それを選んだら水ようかんとかぶどうゼリーみたいな、みずみずしさのある爪になった。おいしそうだしかわいくてうきうきする。一時期ネイルのことを女性らしさを強調する、「正しい女性」に近づくための手段として敬遠していた時期もあったけれど、すこしずつまた捉え方が変わってきている。これは、自分は女性とみなされる装いを好む人間であるというのを受け入れられるようになってきたことが大きい(そもそもネイル=女性の装いという前提も崩れつつあるけど)。私は女性として生きてきて、自分のことをシス女性だと思っているけど、女性としてみられる装いをすることに抵抗感があった(これゆえに自分はノンバイナリなのか?と考えたこともあるのだが、私の場合は女性はかくあるべきという規範にしたがうことが気に食わないだけで、性別違和があるわけじゃないから、今のところシス女性ということにしている)。だが、女性性を引き受けることを拒む手段として女性表現の排除という方法をとってしまったら、それは私が女性の規範から抜け出るだけで、女性の規範には変化がないよなあ。私が何者であろうと好きな装いをしてよくて、それは私が女性であることと本質的にはつながりがない。そう割り切れるようになったことで、好きな装いをする、というシンプルなところに、ずいぶん回り道をしてたどり着けたような気がする。

仕上がりには満足しているのだが、担当だったネイリストととある映画の話をしているなかで、「あの作品ってちょっとレズっぽいですよね」という発言が出てきたのには心底がっかりした。腹の底のほうがすうっと冷たくなって、頭がまっしろになって、それに対してとっさに何も言い返せなかった。それは差別だと言えなかったこと、すなわちひとつの差別を生きながらえさせてしまったことが何よりも悔しい。家からも近く、デザインも豊富で値段もちょうどいいので気に入っているサロンだから通うのはやめたくないんだけど、そういう発言をする人がいる場所にお金を使いたくない。だからネイリストと喋りたくなかったのになあ(これは対症療法だけど)。悲しいし悔しいし憤っている。